挿絵がテクストの内容を踏まえたものではなく、挿絵画家自身の知識や経験に応じて自由に描かれている点は、両写本に共通している。また見た目の美しい花や果実の頁には、雅に装う貴族の男女が描かれ(図1)、野菜や穀物、獣肉の頁には、褪せた色の服を身につけた庶民が収穫や調理にいそしむ様子がみられるということも同様である。ミラノのベルナボ・ヴィスコンティが、娘のヴェルデとオーストリア大公レオポルドの婚礼(1365年)にあたり、娘に贈ったものとされる「パリ写本」の挿絵には、宮廷生活を通した視線が感じられることが指摘されているが、「酩酊」の頁に、酔っぱらった末に喧嘩を始める男たちがあらわされているように(図2)、庶民をカリカチュア的にとらえようとする姿勢が時折読みとれる。
これに対し、トレント大司教を1390年から1419年まで務めたゲオルク・フォン・リヒテンシュタインが注文したとされる「ウィーン写本」の挿絵においては、人物の動きが小さく、ぎごちなさが感じられるものの、服装による身分の描き分けは、「パリ写本」に比べていっそう明確でわかりやすい。さらに「毛織物」や「絹織物」の頁には、裕福な客が、これまたかなり良い身なりをした男性の仕立師に、濃く鮮やかな青や赤の生地を使って服を仕立てさせようとしている場面、「麻織物」では、褪せた青や白い服を着た女性が下着をつくる様子があらわされており、身分のみならず、当時の職業における男女の役割区分をこれらの挿絵はよく伝えてくれる。テクスト部分が人間をとりまくさまざまな事物に関する当時の医学的知識の集成であるならば、挿絵のほうは、さしずめあらゆる階層や職業の人物図鑑の様相を呈している。
図2 「酩酊(Ebrietas)」
『タクイヌム・サニターティス』1380年代、パリ、フランス国立図書館、ms. Nouvelle acquisition latine 1673, 88v.
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