「語られる時間から内的表象の時間に」

辻 成史(金沢美術工芸大学講師)




発表者は、1989年、『大阪大学文学部紀要』第29巻として、Polyphonia Visibilis, I. The Study of Narrative Landscapeを刊行し、そこで初めて第二様式から第三様式にかけてのローマ絵画に関するH. P. von Blanckenhage の一連の優れた論集に親しむことが出来た。

続いて2006年、細田あや子・渡辺和子両氏の編纂による論集『異界の交錯』に「「浮遊する風景」第一部 −ボスコトレカーゼの「聖なる牧歌的風景」」と題した拙論を寄せ、同地のアグリッパ・ポストゥムスの別荘の「黒の部屋」の壁画を取り上げたが、その目的の一半は、ローマ市の現ファルネジーナ荘の土地から発見されたアグリッパの邸宅装飾壁画と併せ、初代ローマ皇帝アウグストゥス時代の「エジプトマニア」に関連した実際のローマ市の新たな景観と当時の風景表現の関連を論じることにあった。本論はいわばこれらの論の続編であり、従って、これまで発表した論と内容的に重複するところが多いことを断っておく。

この度の中心テーマは、ボスコトレカーゼの別荘でもいわゆる「神話的風景画の部屋」を飾る「アンドロメダとペルセウス」、およびそのペンダントである「ポリュフェモスとガラテア」の二点の壁画である。発表者はvon Blanckenhagenのややロマンティックな解釈に対し、これらがアウグストゥスの下で新たに形成された支配階級の宗教感情、ピエタスを反映するという視点を取り、一連の神話画を紀元前30年前後に遡って見直すが、それによって継時的sequentialな物語表現がイコン的表現へと転換する過程を観察する。

次に、そのような脱継時的表現のもう一つの様態として、断片化された物語フリーズあるいは道中記itinerariaを積み上げることで形成された物語的景観の可能性を論じ、引いては帝政期固有の勝利記念画triumphal paintingに発する帝国イデオロギーを色濃く反映する作例を、Richard Brilliantの優れた研究を手掛かりに論じる。

上記の課題に一貫するのは、そこに見られる継時的な「物語の時間」から脱継時的イコン性への時間論的転換であるが、発表者はさらに論を進め、ボスコトレカーゼの神話的風景画に見る深奥な明闇の表現が、実は鑑賞者の内的な時間意識、あえて言うなら現象学的持続としての時間に対応することを示唆して論を終わる。



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