「千年紀(ミレニアム)スペイン−黙示録写本にみる終末思想」

      毛塚実江子(共立女子大学)

  


八世紀末、修道士ベアトゥスによって書かれたヨハネ黙示録の註解(以下、ベアトゥス写本)は、十世紀から十三世紀にかけてイベリア半島北部のキリスト教国において、盛んに挿絵入り写本が制作された。報告では、それらのベアトゥス写本において当時、とりわけ十世紀の終末思想がどのように反映されていたのか、代表的な作例であるモーガン写本を中心に検討した。

 そもそも終末の到来と千年を結ぶ思想は、ヨハネ黙示録第20章4節から6節をその典拠にする。ベアトゥスはその註解の第四書で「千年が神の一日を象徴し、創造主がこの世を創造した六日ついやし、七日目に休んだように、六日目にあたる六千年でこの世が終わる」、というアウグスティヌス以来の伝統的な教会暦を取っている。その際に、当時の年代記の数値を写し、この世が終わる6000年にまで14年残されている、と結論した。ベアトゥスが註解を記した八世紀末(776-784年)は第六期の西暦800年が近づいていた。ベアトゥスは「第六期は838年(スペイン暦、西暦では800年)に終わるであろう」としながらも、「残された時は人間の検証では不明」であり神が決定する時を人間が知るべきではないとし、「もしその期間が短縮ないし延長されるとしても、神のみがそれを知っておられる」と時期を明言することを避けている。これは緊急な終末論を退けた四世紀のティコニウスに倣ったものである。黙示録註解において千年に言及した箇所は以上であり、ベアトゥスの註解が十世紀、すなわち「ミレニアム」の終末論に直接結び付けて解釈された可能性は低いことが改めて確認される。

 
モーガン写本において上記の終末観が反映された箇所は二点である。挿絵師であり写字生であったマギウスは奥付(図左)において写本制作の経緯を記し、「来るべき審判と終末の時を畏れよ」と結んでいる。またイシドルスの『語源緑』を翻訳した血縁の親等に対する論文「親等血縁論」では「親族の血統の基本的な数が6であり、それは、この世の被造物と人の世代が6つの時代で終わるように、この親族も区切りとして6を持っている」、と明記されている。これはベアトゥスの解釈にはなく、写本転写の際に加えられた箇所である(図右下)。



モーガン写本には、黙示録本文よりもベアトゥスの註解に拠って描かれた細部も見られる。たとえば「日の老いたる者」の姿(黙1:9-20)、天上の玉座に坐す神のヴィジョン(黙4;1-6)、子羊、長老たち、四つの生き物の描写などである。とくに反キリストの最後の戦いの図像は、黙示録の本文にはなくベアトゥスの解釈を絵画化したものである。これらは以降の同系統のベアトゥス写本において連綿と引き継がれるものであった。ベアトゥス写本は十世紀に挿絵や構成で大規模な変化を見せ、その役割も拡大する。黙示録写本を制作し、学び伝えることが来るべき終末に供えるための準備とするなら、その点においては終末観を認めることができるだろう。


結論を言えば、写本挿絵の具体的な表現に終末思想が反映されているかどうかを、十世紀に限定して指摘することは難しい。より古い写本の現存作例が乏しいために比較することはできないうえに、十世紀を終えてもなお豪華な写本が作られつづけたという事実は看過できないからである。 しかしそのなかでもモーガン本はベアトゥス写本の制作が相次ぐ十世紀の半ばの先駆けとなった作例であり、報告ではその紹介も兼ねて改めてその特徴を指摘した。



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